2020年01月28日

「反共=ヘイトスピーチ」? ついに正体を現したファシズムの日本共産党。


2020年2月2日に京都市市長選挙が行われる。

これに備えて、現市長の門川大作陣営は「京都に共産党の市長はNO!」という広告を出した。

(京都新聞の共産党批判広告問題)

これに対して日本共産党は、しんぶん赤旗はもちろん、小池書記局長までもが「反共攻撃」である「ヘイト広告」であると
抗議声明を発表。
ツイッター、Facebookでも共産党員やJCPサポーターらが門川市長陣営のツイッターを炎上させる。


日共による京都新聞広告弾圧事件.jpg



・「共産党にNO!」がヘイトスピーチ???

今回の共産党の脅迫行為の何が問題なのだろうか??

まず「反共攻撃」「ヘイトスピーチ」というレッテル張りである。
レッテルを貼る→自己批判させる→糾弾・人民裁判というのはスターリン主義で多く見られた現象だが、
日共でも健在だった。

「ヘイトスピーチ」とは、国籍・民族・人種・障害などその人の変えられない属性によってその人(集団)への嫌悪感や
憎悪を煽る演説・討論(スピーチ)をすることである。
「共産党にNO!」は、「アンチ」ではあるが「ヘイト」ではない。
そもそもヒットラーのユダヤ人追放演説のように、「共産党員を京都から追放しよう!」と呼びかけたのではない。
「共産党に市長は任せられない!」という選挙広告をしたまでにすぎない。

共産党員の人格が低いとか、日本共産党を非合法化しようと呼びかけた訳でもない。

これをヘイトスピーチだと言うのは無理がある。

また仮にも日本共産党は30万人以上の党勢を誇る「公党」であり、決して弱者ではない。
外国人や女性や障碍者、病弱人でもない。
つまり「共産党への批判を差別・ヘイトスピーチだとする」には以上の理由から無理がある話である。


・「特定の思想や政党を名指しで批判するべきでない」では民主主義的な選挙にはならない


民主主義においては「議論」「論争」がつきものである。
なので、対立候補を悪く言ったり煽りあうのはプロレスやボクシングなどの「試合前の煽りあい」と同じで
ある意味大切である。
「共産党へNO」が思想差別なら、自民党に対する批判もできなくなるし、幸福の科学への批判もできなくなる。
それこそ、「階級闘争史観」の共産主義こそが階級差別だということになる。
(エンゲルス著・空想から科学へ 2章)

アメリカ合衆国の大統領選挙で民主党が「NO!トランプ」と主張するのは良く行われているし、
トランプが候補時代に「ナチス」「ファシスト」「レイシスト」とレッテル張りの糾弾は良く行われていた。
こういう「ののしりあい」が民主主義国家なら普通に起きるのだ。


・京都新聞に抗議電話やメールをしまくる共産党員たち

ツイッターで、ヒステリーをおこす党員らは京都新聞の広告部にたいしてクレームの電話やメールを入れまくりである。
かわいそうな京都新聞。地方の弱小新聞の、小さな広告が「思想差別」だと大悪党のように糾弾される。

もしこれが逆だったら(日本共産党が他党からクレームを入れられたら)、
「妨害するな!」「妨害工作だ!」とキレまくっただろうに。


















posted by 青田せいけん at 18:25| 大阪 ☁| Comment(0) | 日本共産党のカルト性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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